無題⑤

久しぶりに続きだベ~~~
当初の計画から大きく外れ、かなり手を加えてしまった・・・。
これじゃーいつまでも終わんね~。

*************************

 胸にポッカリと穴が開いたような気分だった。
「学校ってこんなにつまらないものだったのだろうか?」
 初めて感じた疑問だった。俺がローカ側から二列目の後ろから二人目。輝が窓側から三列目の前から二人目。放課の時間になるといつも輝のほうから駆け寄って来てくれたっけ。
 そんなことばかり考えながら、いつの間にか六時間目の授業が終わっていた。バッグに教科書を入れていると、何人もの男子生徒が俺の肩を叩き「じゃーな」と次々に声をかける。
「おう。またな」
 いつのものように軽やかに返事しながら帰り支度をしていた。ふと視線を感じ顔を上げると、教室の前の入り口の外に立つ河崎浩子を見つけた。彼女は上を指差し無言で俺を誘いその場から消えた。行き先はわかっている。屋上だ。少し時間を置いて、俺は屋上へと向かった。
 「遅かったわね」
 それが開口一番、河崎浩子のセリフだった。一番の連れがいなくなって傷心する俺の心を彼女の言葉は逆なでたが、そんなことはお構いなしだった。
「私の父が追っている事件でね、当時いっしょに住んでいたらしい男の子がいなくなっているの。と言っても、それは男の子が一緒に住んでいたって言う一部の住民の目撃証言だけしかなく、知らない住民がほとんどで、その子が一体誰なのか、殺された男とどういう関係だったのか本当にいたのか、まったくわからないの。当然すぐに戸籍も調べたけれど、男は五年くらい前に結婚はしたけれど一年くらいで離婚していて子供はなかったみたい。ただ結婚していたことすら近所の方たちは知らなかったみたいだから、本当にその男の子がそこで暮らしていたのかそれすら疑問視されてるぐらいよ」
 背を向けたまま黙って聞いている俺に、彼女は更に早口で話し続けた。
「当然父はその離婚した女の家にも行っているわ。けどそこには彼女と生後間もない女の赤ちゃんがいただけ。その赤ちゃんの父親は未だ明らかにされていないけれど、DNA鑑定ではその殺された男とは無関係。ただね・・・」
 そう言ったまま、河崎浩子は口をつぐんだ。それっきりなかなか口を開かない彼女が気になりそっと振り向くと、それを待っていたかのように彼女は口元を緩ませ、瞳を輝かせた。その目が合った瞬間「してやられた」と俺は思った。
「なぜかその女にはいつの間にか子供がもうひとり増えていた。不思議なことにその女の子よりも歳の大きい男の子が・・・」
 彼女は一体何を言いたいのか。俺は疲れた脳みそに酸素を送るべく、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「ねえ、あなたは一体どこから来たの?」
「はぁ?」
 突然の質問に少し身体が硬直した。そこへ言葉の刃が突き刺さる。
「いつから日暮家の家族の一員となったの?」
 衝撃が全身を貫いた。それは触れられたくない部分。俺は眉間にしわを寄せ、奥歯を噛み締め目を閉じた。一体、何が言いたいのだ?何を知りたいのだ?俺の口から出る言葉に何を期待しているんだ?そして俺は、彼女に何を期待していたんだ?
「その殺された男の元妻ね、日暮 時子って言うの。そう、あなたの義母様と同じ名前・・・」
 俺は閉じていた目を開き眉をひそめ、淡々とした口調でそう言った河崎浩子にそっと目を送ると、彼女の眼光は鋭く何の疑念さえ抱かせてはくれなかった。
「ち、っちょっと待て。君の親父さんが追っている殺人事件の殺された男の元妻が、俺の義母さん?」
 にわかには信じられる訳がない。
「そんな話、聞いたことがない・・・」
「当たり前じゃない。そんなことをわざわざ話す母親がいるわけないでしょ」
 確かにその通りだ。
「敏子は、知っているのか?」
 首を横に振る彼女を見て、俺は少し安心した。

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無題④

続きじゃぁ~~~@@

 あの日を境に頻繁に見るようになった夢と、河崎浩子の存在は俺の内側を揺さぶり続け、いつの間にかひとつの言葉に行き着いていた。
――― 俺の知らない過去 ―――
 そして俺は、信じられない行動に出た。


 ――― 退部願い ―――
 「退部などとは、絶対に許さぁん!!」
 学校中に中谷先生の声が響き渡った。などと言うことがあるはずはないが、それほど大きな声だった。
「なぁ、日暮。お前、優勝候補の一人なんだぞ。全国だって狙えるそのくらいの力はある。それに、このままいけば、卒業後の進路だって―――」
「分かってます」
「分かってて何故?」
 同じ会話がしばらく続いた後、頭を抱え、ため息まじりで休部の許可をくれた。俺は頭を深々と下げ職員室を出た。正直言って辞めたくはなかった。しかし、それ以上にやらなければならないことを見出してしまったのだ。「本当にいいのか?」葛藤し続ける俺の顔は徐々に険しくなっていた。

 「おい、水泳やめるってホントかよ?」
 泳ぎ納めと思いプールサイドに立った俺に、輝が飛び掛った。危うくプールに落ちそうになった。
「辞めるんじゃない。休部だ」
「どっちでも同じだ」
 そう言った顔は、いつになく険しかった。
「何か、あったのか?」
 即座に尋ねると、輝はうつむきしばらくの間黙っていた。やがて『ニィッ』といつものおちゃらけた顔を見せ、おもむろに近付いたかと思うと、耳元に言葉を残しそのままプールに落ちるように飛び込んだ。
「嘘だろ?」 
 今度は俺の顔が険しくなった。
――― 青森の学校に転校する ―――
 受け入れられない言葉だった。輝がいなくなるなんてこと考えたこともなかったし、そう告げられた今も理解ができない。
「なぜ!?」
 考えるより先に言葉が突いて出た。
「親父の体の具合が悪くなってさぁ、、家族で親父の実家の近くに住むことになったんだ。じいちゃん家自営業だし、親父も手伝いくらいはできる。いざとなったら俺が高校辞めて働くこともできるしさっ」
 そう言って、コースを泳ぎだした輝を、俺は小走りに追った。
「いつ?いつ行くんだ?」
 水しぶきを上げて泳ぐ輝に大声で尋ねた。その声が届いたのかどうか。輝はちらっと俺に視線を合わせたあと、そのままターンしてコースを折り返した。俺は、すぐさま隣のコースに飛び込み輝を追った。既に10メートル以上の差がついていた。それでもかまわず追い続けた。一足先にターンした輝の視線を感じた。「抜いてみろ」そう言っているように感じた。俺は輝を追い続けた。差が少しずつ縮まっていく。何度折り返しただろう。手足が制御不能でどんなフォームで泳いでいるのかすらわからない。それでも輝は止まりはしない。指一本の差で折り返し、泳いでいった。
「畜生!!これで最後だ。」
 そう思ってターンした。しかしその差はいっこうに縮まることはなく、むしろそれを境に徐々に広がっていった。それから3回折り返したところで、俺は音をあげた。手も足も感覚がなく、コースロープにつかまったまままったく動けなかった。それは輝も同じだったようで、俺より50メートル長く泳いだ反対側で同じようにロープにつかまり、酸素を求め息を荒くしていた。
 これが輝とともに泳いだ最後の日であり、俺の水泳人生の最後の日ともなった。悔いも、惜しみもなかった。また輝に助けられたのだ。
 翌日、輝の姿は学校になかった。

続き

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無題③

実は目の前にある原稿、
この辺りからしばらく、話のつじつまを合わせるためだけの薄っぺらな内容になってるんだよなぁ~(汗)
そう来るか?プップップーッって感じに・・・。
悩む気なかったんだけど・・・。
そのまま載せちゃえばいいだけなんだけど・・・。
ううう・・・。

**************************

「えっ、ええ ――― ごめん、今日はやめておくわ」
その言葉に驚きと戸惑いを感じながらも
「あ、そう」
 とそっけなく返してみた。何だかとても残念な気がしたが、その場は素直に立ち去ることにした。
「それじゃぁ俺、部活あるから」
 彼女に背を向け足を一歩踏み出したとき、
「あ、やっぱり、ちょっと待って!」
 そう言って制服の裾を握られ、俺はドキッとし立ち止まった。心の中が期待でいっぱいになる。ニヤつく顔を必死でこらえできるだけ平静に、平静に ―――。
「ん?」
 俺はゆっくり振り向き、河崎浩子と向かい合った。胸が高鳴り体中が脈打った。心臓の音で彼女の声が聞こえなくなるんじゃないかと心配すらした。
「仁君」
 しかし次の言葉で俺の高鳴る鼓動は一瞬にして消えていった。
「失礼でなかったら、あなたの家族構成と、生い立ちを聞かせて欲しいの」
「はぁ?」
「実は、私の父は刑事で、十数年前のある事件を追ってるんだけど、もうすぐ時効になっちゃうの」
「はぁ!?」
 俺は裏切られた期待と、河崎浩子の突拍子もない言葉に、倦怠感を感じ首をうな垂れた。
「ねぇ、俺、部活行っていい?」
「どこをどう探してもないのよ。あなたの過去が」
 背中にかけられた言葉に荒立ちを感じた。なぜ俺ですら考えようとしなかった過去を、こいつは勝手に調べようとしてるんだ?俺は今の家族でとても幸せだし、十分満足している。今更俺の過去の話を持ち出してどうしたいんだ?
「お前には関係ないだろ」
 彼女に背を向けたまま苛立つ気持ちを抑えるように静かにそう言って、俺は足早にその場から立ち去った。

 

――― どこをどう探してもないのよ。あなたの過去が ――― 
「畜生!集中できねぇ!!」
 俺は上がらないタイムに対する苛立ちを、河崎浩子の言葉の所為にして水面を叩きつけた。
「苛立ってるなぁ。今のお前となら勝てそうな気がする」
 輝がそう言って俺の前を横切って泳いでいった。俺はムッとして輝を追った。プールサイドに上がると目の前に輝が真顔で立っていた。
「勝負だ!!」
 俺は苛立つ気持ちをぶつけるようにそう言い放った。
「望むところだ」
 百メートル自由形。練習中の部員にはプールサイドに上がってもらった。入部してからずっと、いや、それ以前から俺は輝に負けたことがない。と言うか、圧勝だった。それが、昨年の夏からメキメキとタイムを上げはじめ、その差は縮まるばかり。それでもまだ腕一本分の差はある。結果は明らかなはずなのに、なぜ、あんな挑発に乗ったのか。自分でも分からなかった。
 「位置について」
 レーンをひとつ空けてそれぞれスタート台に立った。
「用意」
 身体をぐうっと折りたたむと、「ピィッ」とスタートの笛が鳴り響びく。得意なスタート。完璧なバサロ。百メートルを集中して泳ぎきった。
「ぱぁっ」
 水中から顔を出し「どうだ!?」とばかりに輝を見ると、息を切らしている俺とは対照的に、涼しい顔で笑みを漏らしこちらを見る輝がいた。
「お前、泳いでないじゃ・・・」
 そこまで言いかけたところで、タイムを計ってくれていたマネジャーが大騒ぎしながら走ってきた。
「新記録よ、新記録!しかも、今度の大会記録とタイ記録!!」
 その言葉に、部員全員が集まり大騒ぎとなった。その中で一緒にはしゃぐ輝を見て俺は、「してやられた」と思った。また助けられたのだ。俺はとても暖かな気持ちになっていた。
「ありがとう」
 そう呟き俺は、みんなと一緒になってはしゃいだ。そうさ、俺は日暮仁。義母と義妹との三人で仲良くやっていくんだ。これからもずっと―――。しかし、その思いは叶わなかった。俺の中で、何かを知っているもう一人の俺と、その俺を探す河崎浩子がそうさせてはくれなかったのだ。

         なんだか続いちゃってます(汗)

******************************

続き

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無題②

 いやはや、手直しまったく無しってのは、少々辛い・・・。
ってなわけで、表現くらいは手直し入れたりして進めていきたいと思います。
大幅な手直しは今のところ考えておりません。

*************************

 「父さん、今度の日曜日、どこに連れて行ってくれる?」
「そうだなぁ。水族館にでも行くか」
「本当?」
「本当だとも」
「本当だね、約束だよ」
 少年―――、いや、少年だった頃の俺は前方にスキップしたあと父親のほうを振り返った。
「!?」
 父親が、さっきとは想像もつかないほど恐ろしい顔をして俺に近付き、いきなり俺の首を締める。苦しさのあまり硬く目を閉じ、心の中で叫んだ。
――― 父さんやめてよ。苦しいよ。父さん!―――
「と ――― さん ――― くる ――― し ――― い」
 そしてわずかに開いた目に一瞬映ったのは、まったくの別人だった。
――― 違う。父さんじゃない ―――
「たす ――― て ――― と ――― さん ―――」
 薄れる意識の中、もはや苦しさすら感じなくなりかけた時、遠くで別の声が聞こえた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」
――― 誰だ?お兄ちゃん?俺のことか?俺には妹なんか ―――
 急激に引き戻される意識。突然開けた目の前にいるのは見知らぬ少女。
「お兄ちゃん!!」
 そう言って今なお身体を揺らす少女の手を払い除け俺は叫んだ。
「誰だ、お前!」
 少女は何も答えない。俺は気持ちを落ち着かせ、もう一度少女の顔を見た。そこには呆気に取られた顔でこちらを見る敏子がいた。
「としこ―――」
 俺はそれ以上言葉が出なかった。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「え?あっ、その―――」
 弁解の言葉がない。何しろ義妹に向かって『誰だ、お前!』と叫んだのだから。
「うなされてたよ。大丈夫?」
「あ、ああ。なんともない。ありがとう」
 そう言って俺は敏子の頭を軽く撫でた。
「もう!子供じゃないって!!早くしたくして学校行かないと遅刻するよ」
 敏子は怒った口調とは裏腹にうれしそうな顔をしていた。部屋を出て行く間際に思い出したかのように立ち止まり振り向いた。
「あ、さっき電話があったんだけど、バイトの新聞屋さんが、無断欠勤したってカンカンだったよ。風邪ひいて寝込んでるって言ったら、初めてのことだし多めに見るけどそういう時は連絡して下さいだって。感謝してよ」
 そう言って、いかにも貸しを作ったと言うようにウインクをして軽やかに部屋を出て行った。俺は少し呆気にとられたあと、バイトのことをすっかり忘れていた自分に喝を入れるように両手で軽く頬を叩いた。

 6時間目終了のチャイムが鳴り終わり、皆があわただしく教室から出て行く。
「さぁ、輝!行くぞ!!」
 俺は輝の肩を叩き部活へと誘った。
「んー」
 いつものように気の抜けた返事が返ってくる。その時、「あの~」と後ろから肩を叩かれ振り向くと、河崎浩子が立っていた。
「あのぉ、少しお話したいことが―――」
 俺は驚き、カバンを落としそうになった。
「えっ?でも、俺、今から部活で―――」
 女子にこんな風に声をかけられたのは初めてだったので、どう答えていいのかわからなかった。誤解されては困るが、別に俺がモテなかったと言うわけではない。自分で言うのもなんだが、この顔にこのスタイルはまんざら悪くないと思っているし、女子からはよく声をかけられる。が、出会って二日目で、しかも一目惚れの相手に声をかけられるなんて想像もしていなかった。必要以上に緊張し、しどろもどろする俺の首に輝が腕をかけ軽く締め言った。
「よっ、色男!スカート掴んだのが愛の始まりか?お前にはちょっともったいないけど、仕方ないなぁ。オッケーしちまいな」
「あ、ああ―――」
 輝のその言動に俺は最初、照れ笑いしていたのだが、次の瞬間心が一変して凍りついた。
「どうした?早く返事してやれよ」そう言って首に巻きつけていた輝の腕が少し強くなったことで、今朝の夢が鮮明に思い出されたのだ。
「離せ!!」
 気が付いたときには、輝は床にしりもちをつき、俺の顔を見つめていた。
「ゴメン」
 俺は一言謝り、静かに手を差し伸べた。
「どうしたんだよ。いきなり」 
 俺は何も言えなかった。
「まぁ、可愛い彼女の前だ。しょうがないか」
 場の雰囲気を和ませるような口調で再び茶化し始めた。
「何!!」
「冗談、冗談。やっといつもの仁に戻った。俺、先に行ってるからな」
「ああ」
 輝は頭の回転が良く、そして優しかった。そんな輝に俺は感謝した。やがて教室の中は、俺と彼女の二人っきりとなった。
「と、ところで話って、何?」
 俺は、照れ隠しに少し面倒臭そうに尋ねた。

***********************

続き                     

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無題①。(そのうち考えますわ)

 なんだか無性に、小説をUPしたくなり、
けれど、今更新しいものを書く気までは起こらず、
それでも押さえきれなくなってしまったので、
書いてみました。

高校のときに書いた小説。
めんどくさいから、誤字脱字以外ほとんど手直しなしで載せていきます。
原稿用紙50枚くらいの短編推理小説?
正確には推理小説を書きたかった小説。←なんじゃそりゃ
展開がイマイチどうやっていけばいいのか分からず、
無理やり仕上げた感じもある、
初々しい作品。
数回に分けて連載します。
まぁ、暇つぶしに読んでって。

*****************************

  まな板、包丁、乱雑に置かれた食器のある台所。六畳二間の古い家。
――― 一体ここはどこだろう ―――
四,五歳の少年が一人で遊んでいる。横で寝ているのは、その子の父親だろうか。だいぶ酒に酔っているみたいだ。
「うるさい!!」
 少しくらい子供のおもちゃの音が騒がしいからって、何もそう怒鳴らなくても ―――。
しかし少年は気にしていない。聞こえないのだろうか。その時、父親が立ち上がり少年の襟を掴み上げた。そうとう酔っているらしい。足元がふらついている。あっ!父親の手のひらが高く上がった。殴られる。逃げるんだ。体当たりでぶつかれ!そうだ!!
 少年は二,三歩後ろへ下がった。父親は後ろへよろけていく。
何だろう。後ろで何か光っている。あっ、いけない!それ以上!!
「うわーぁ!!」
 父親の叫び声に少年は驚いた。父親はそのままうつ伏せに倒れた。背中には包丁が深く刺さっている。
――― 逃げろ!逃げるんだーっ!!―――

 「いっていきまーす」
 俺、日暮仁。十八歳、高校三年生。今から十二年ほど前、この家に引き取られたらしいのだが、まったく覚えていない。と言う義親不孝な息子である。
 家族は義母の時子と俺と義妹の敏子の三人暮らし。義父は敏子が生まれる前に事故死したらしい。
 義母は昼間は近所のスーパーでレジをし、夜は造花作りの内職をしている。義妹はこの春、女子高に入学した。そして俺は ―――。

 「オッス、仁!」
 こいつは俺がここへ来てからの友人、輝だ。
「んーおはよー」
「元気ないなぁ。どうしたんだ?」
 輝は俺の背中を強く押した。危うくこけそうになったが、何とか体勢を立て直した。
「おい、大丈夫か?」
 俺の顔を覗き込む輝に思いっきり『あっかんべぇ』をしてやった。輝は姿勢を戻し、咳払いをひとつして言った。
「仁、お前最近おかしいぞ。やっぱ無理なんじゃないか?部活とバイトの両立」
「ん?」
「水泳部入っててただでさえ疲れるのに、毎朝、それも朝早くから牛乳配達なんて―――」
 そう、俺は去年の夏から牛乳配達のバイトをしている。敏子を高校へやるためにはお金がいる。義母ひとりでは大変だ。そう思って軽い気持ちで始めてみたが、現実はそう甘くはない。現に輝の言うとおり部活とバイトの両立は非常に疲れる。かといって今更辞めるわけにもいかず ―――。
「バイトなんて辞めちまいな。お前ひとり牛乳配達やっていようがなかろうが、家の収入たいして変わんねぇだろ?」
 輝がぶっきらぼうに言った。
「そんなこと ―――!」
 あるんだよな。でも ―――。
「今更やめるわけにもいかないかぁ」
「あっああ」
 俺には答えようがなかった。

 「あっ、いっけねぇっ。数学の教科書忘れたぁ」
「二組、今日数学あるぞ」
「おっ、サンキュー」
 俺は素早く席を立った。チャイムが鳴るまでにと教室の扉を開けたその時、一瞬足が宙に浮き、目の前が真っ白になった。
――― どうしたのだろう?――― 
「キャァーッ」
 後ろの方で女子の叫び声が ―――。だんだん遠くなる ―――。

 「ん?ここはどこだ?」
 霧で前がよく見えない。誰かいる。ナイフを持って俺の左手首を―――。殺す気か?ああ、気が遠くなる。
「誰か!!」
 声にならない。このまま死ぬのはいやだ!!
――― 声が聞こえる。
「仁!仁!!」
 しだいに声は大きくなった。
「仁、仁!!ああっ!やっと目を覚ました。大丈夫か?」
「えっ?」
 俺は、ベッドに寝ていた。傍には輝と、見たことのない女子が立っていた。
「だいぶうなされてたぞ」
「あっ、ああ」
「疲労と、睡眠不足だそうよ」
――― 俺は一体?―――
 教科書を借りに教室を出ようとした瞬間、体が宙に浮いて―――。
 「本当に覚えてないのか?」
 光るが呆れた顔で言った。そして説明してくれた。
「――― それでお前は、その転校生のスカートの裾を握り締めたまま、その場で意識不明」
 疲労と睡眠不足で倒れるとは情けない。そう思いつつ顔を上げた。
「彼女がその転校生」
「河崎浩子と言います。よろしく」
「よ、よろしく」
 身長一六三センチくらい、中肉中背。色白で、そして一番印象的なのは、くっきりとした大きな目。俺好みのタイプ―――。
「仁!何じぃっと見とれてるんだ?」
 俺は自分で、自分の顔が赤くなるのがわかった。
「じゃぁ私、先生に呼ばれてるから。お大事に」
 そう言って彼女―――河崎浩子は保健室を出て行った。
「おい、いつまで、どこ見てんだよォ。もう行っちまったぜ、彼女」
 俺は、ハッとした。
「仁、お前、彼女に一目惚れしたな?」
 輝が俺に顔を近づけて言った。
「ちっ、違うよ!!」
 俺は、この否定の言葉に自信がなかった。
「おい、それよりさっき、左手首をサポーターの上から握り締めて苦しそうにしてたけど、どうかしたのか?」
 輝が急に真剣になった。俺は思い出したかのように左手首のサポーターを見た。ナイフでパックリ切り裂かれた手首は、どんなに押さえても出血が止まらない。そんなさっきの夢が重なり、俺は慌てて首を振った。
「いや、なんでもない。悪い夢でも見てたんだろ」
 そう言ってごまかしてはみたが、俺の動揺は治まっていはいなかった。なぜならこのサポーターの下には身に覚えのない、大きな傷跡があるからだ。
 その時入り口の戸が開いた。
「あら、日暮君。今日は水色ラインのサポーターなのね」
 養護の先生だった。
「顔色も良さそうだし、午後からの授業大丈夫そうね。さぁ、二人とも、早く教室に戻らないともうすぐチャイムが鳴るわよ」
 俺たちは、保健室を追い出された。

 その日俺は部活を休み、家に帰るなり風呂に入ったあと、無理やり夕食を詰め込むと
さっさと自分の部屋に入り布団にもぐった。目をつむると昼間のあの夢を思い出す。
――― なぜ、あんな夢を?この傷と何か関係があるのだろうか?―――
 俺は、左手首にある大きな傷跡を指でなぞってみた。
 俺はなぜだかこの傷跡を見るのが怖い。だからいつもサポーターで隠している。友達は気にしすぎだと言うが、とにかく見ていたくないのだ。しかし今日は違う。何より、昼間の夢が気になって仕方ないのだ。
 俺はいつの間にか眠りに入った。その時はまだ、あの夢がどういうことを意味しているのか考えもしなかった。

*****************************

続き

 

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ユキ(ヴィラⅢ)

《ユキ》

 街から離れた森の中にある一軒家。私はそこで、愛する人とともに暮らしている。
 「シン、早く起きないと遅刻するわよ」
 そう言って私がベッドに飛び乗ると「ガタン」と音を立てベッドの足が一本壊れた。
「あ―――。嘘―――?」
 ベッドの下を覗き込む私に
「太りすぎだ」と小声で呟きながらシンは、食事をするべくダイニングへと向かった。
「おかしいわね?今日からエアロビクスでも始めようかしら?」そう言いながら後を追う私に
「やめとけ。床が抜ける」と振り向きもせずシンはそう言った。
「ひどーい。シン!」
 そう言ってそっと後からシンに抱きつくと、シンはいつものように私の頬にキスをした。
 「いってらっしゃい」
 シンが仕事に出かけると私は一人ぼっち。洗濯をし、食器を洗い、家の中を隅々まで掃除しても有り余る時間。
「ようし、やってみるか―――」私は時間を確認し、テレビをつけた。
「1・2・3・4・5・6・7・8,1・2・3・4―――」
 テレビから流れる軽快な音楽と、「ワン・ツー」というインストラクターの声。
「前・横・前・下、脚を上げて、駆け足!」
 ―――バキッ―――
 やってしまった。綺麗に床を貫いた私の右足は、引っ張ってもびくともせず、床の損傷を最小限にとどめるのは至難の業だ。とはいえ床を壊すのもどうかと思い、困った私はなす術もなく「あーあ」とため息まじりの声を出して、そのままそこへ大の字に寝転がった。シンの書斎のステンドグラスから入った陽の光が何かに反射して天井に幻想的な模様を浮かび上がらせていた。それはまるで―――。
  気がつくと私はソファーに座る彼の膝を枕に横になり、いつものように彼に髪をなでもらっていた。
「よかった。気分はどう?」
「え?」
 彼の言葉の意味が理解できない私は、必死で記憶を辿ってみた。困った顔で考え込む私を見て彼は、片足を床に突っ込んだまま倒れている私を見て驚いたことを話してくれた。
「あ―――」
 私は床に穴を開けたことを思い出し、バツが悪そうに身体を小さくした。
「怪我したのが床でよかった」
 彼は冗談っぽくそう言った。いつもそうだ。私がどんな失敗をしても、何よりもまず先に体の心配をしてくれる。そのやさしさが私を素直にさせてくれる。
「ごめんなさい」
「いや。今朝僕が君を傷つけたから―――」
 髪をなでる手を止め「ゴメン」と私を見つめてそう言ったあと、彼は再び私の髪をなでながら続けて言った。
「体は冷たいし、呼びかけても反応しないし、どうにかなっちゃったのかと思った―――。ベッドの足は、ネジがゆるんでた。床は、見ての通りこの家は古い。君のせいじゃない。だから気にしないで―――」
「ううん。やっぱり悪いのは私。家の中で飛び跳ねるなんて―――」
 そう言ったところで、一瞬目の前が歪んだ。
「ごめんなさい、シン。私、なんだか疲れてるみたい―――」
 シンは私の長い黒髪を耳にかけ、そっと覗き込んだ。
「大丈夫?僕がずっとこうしていてあげるから、心配しないでゆっくりおやすみ」
 シンの暖かい手が私の髪をなでるなか、私は深い眠りの中に落ちていった。

 「あたりまえさっ」
 誰かがそう私に微笑みかけたところで、突然眠りから覚めた私は、頭を抱えうつむき加減だった。そう。この私の大好きな卵型のロッキングチェアーの上で、なぜか憂鬱な気分にさいなまれていた。
「気分はどう?」
 シンが台所から声をかける。
「気持ち悪い―――」
 そう言うと、シンはあわてて駆け寄り、私のおでこに右手を添えた。
「熱はないみたいだけど―――疲れてるんじゃない?」
「そうかなぁ?」
 怪訝そうな顔をしてみたものの、気持ちの悪い感覚は消えはしなかった。
「もう仕事に行かなきゃならないんだけど、ひとりで大丈夫?休もうか?」
「大丈夫。熱もないんなら、じきに良くなると思うから」
 ――― 私はあれから、ずっと寝ていたの?―――
 そんな疑問がよぎったが、それはシンが仕事から帰ってきてから聞けばいいと言葉を呑み込み、ロッキングチェアーに座ったまま彼を見送った。しばらくの間、立とうという気にはなれなかった。なんだか世の中がまわるのだ。
――― そうだ、確か彼のパソコンが上にあったわね ―――
 この症状を調べてみようか。そんなことを考えながら、何時間もうつらうつらと椅子に揺られていた。
 西側の窓から少し日差しが入るようになった頃ようやく気分も良くなり、私は椅子から立ち上がった。ぐっと伸びをし、頭の中を完全に目覚めさせ、
「ようし!」私は、彼の書斎であるロフトに上がるべく、はしごに手をかけた。慎重に一段一段上り詰め、最後のひとつに手をかけようとしたときである。はしごを掴んだはずの右手は空を握り、身体がふわっと浮いた。目の前に広がる天井は窓から差し込む光でゆらゆらと揺れて、それはまるで水の中にでもいるような錯覚に陥るほど美しく、そして驚くほどゆっくりと静かに遠ざかっていった。
 ――― バーン! ―――
 耳を劈くような音が家中に響き渡り、私の目の前は真っ暗になった。

 「キム ――― キム?こんな身体でも私に抱きついてくれる?」
 そう言って私は、ギシギシと軋んだ音を立てる身体を引きずるように何かを求め歩いていた。目の前にいる誰かに手を差し伸べようと伸ばした右手を見て、私は止った。 ――― なに?―――
 指先の皮膚はただれ、その中から錆付いた金属が見えていた。それは指先だけではなかった。両手両足、見えるところ全てがスクラップ寸前の機械の体―――あわてて鏡を探し、おそるおそる顔を覗き込んだ。
「キャーッ!!」
 そこで目が覚めた。天井が遠いところから私を伺っているように見えた。
 ――― なに?なにしてるの?私 ―――
 放心状態とは、こういうことを言うのだろう。
「あっ」
 そうだった。あそこから落ちたんだ―――。私は床に、大の字になって倒れていた。ゆっくりと首を動かし右手を見た。動かすと、ちゃんと動いた。同じように左手も見た。しっかり動くようだった。そうやって、体全体の状態を寝たまま確認すると、安堵のため息をついて、私はゆっくり上体を起こした。
 ――― カラン ―――
  小さな金属が落ちたような音に、見ると小さな金属が転がっていた。
「また何か壊れたのかな?」
 そう呟いてその小さな金属を握り締め、そしてゆっくりと立ち上がった。頭の奥で少し軋んだような音がしたが、それでもどこも怪我をしていないようだったので、このことは、シンには内緒にしておくことにした。私は夕飯の支度をすませ、ソファーに座りシンの帰りを待った。ポケットにしまったままの拾った金属に気がつき、出して眺めてみると、それは何かの蓋のようにも見えた。直径7mmほどで薄いそれは、チタン製のようだった。不思議な点といえば、片側に柔らかい素材がついていること。
 ――― なに?―――
その部分を触ろうとしたとき、
「ただいま」というシンの声が玄関から聞こえてきた。私はそれをソファーの前のテーブルに置いたまま、シンを出迎えに玄関にむかった。
「おかえり!」
 私の弾む声にシンも応え
「良かったー。元気になってる。ただいま!!」
 そう言って彼は満面の笑みで私の顔に指を伸ばした。すると突然「バチッ」と音を立てものすごい電気が走った。静電気だ。その瞬間「あたりまえさっ」と言う声が私の耳に届いた。
「え?」
 私は辺りを見渡してみたけれど、声の主らしきものはどこにもいない。
「イッタァ」
 シンのその声に我に返り、見ると彼は両手を振っていた。私にはさほど痛みは感じなかったけれど、シンのほうはかなり痛かったらしい。
「大丈夫?」
 シンの顔を覗き込むようにして声をかけると、彼はおそるおそる、もう一度私に触れた。今度は大丈夫だった。
「プーッ」彼はたまらず吹き出した。
「すごい静電気だったね」そう言いながら笑っている彼を見て、私も思わず吹き出した。この幸せな日々は、彼がいるから。彼がいる限り、終わることはない。
 そして食事も終え、シンはいつものようにソファーに腰掛け私を手招きした。私は彼の横に座り、そしてそっと膝の上に頭を乗せた。
「本当にもうどこも悪くない?」
 そう言いながら私の髪を優しく撫でるシンの手。その温もりにうっとりしながら私は、
「大丈夫」そうひと言だけ答えた。少ししてシンは突然手を止め、「これは?」とテーブルの上に置きっ放しにしてあった例の金属に手を伸ばそうとした。
「あ、こ、これ?床に落ちてたの。また何か壊れたのかしらね」
 私はあわてて身体を起こすとそれを手にし、しどろもどろにそう言った。
「そうかも知れないね。貸してごらん。僕が探して直しておいてあげるよ」
 そう言って差し出されたシンの手のひらに、私は躊躇しながらその金属をのせた。すると彼はその金属を私の手ごと両手で包み込み、ぐっと自分の方へ引き寄せた。不意に引っ張られた私はバランスを崩し彼の胸の中へと崩れ込んだ。
「愛してるよ」彼は優しくそして力強く抱きしめ、そうささやいた。シンの唇が私の唇を優しく覆う。私は静かに目を閉じ彼に身を任せた。         
 いつの間にか眠っていた私は、不快な音で目を覚ました。
 ――― なに?一体なに?―――
 あまりの事に状況が理解できなかった。
「シン、一体どういうこと?」
 シンはパソコンの画面を見つめ、何かを打ち込み続けていた。突然私の目の前にノイズが走る。
「シン、答えて!」
 そう叫んでいる私の身体は床の上でバラバラになっていて、テーブルの上にいる私は、首から上だけしかなかった。なのに、『なに?』と言う疑問以外には冷静な私に、自分自身不気味さを感じていた。またノイズが走る。
「あたりまえさ」
 頭の中で、あの声がする。彼のパソコンの画面には、子どもの顔が―――。そう男の子。
 ――― 私に優しく微笑みかけてくれているの?―――
「キム―――」
 なぜかそう呟いていた。
――― キムって誰?―――
――― 彼がキムよ ―――
――― 一体誰?―――
 私の頭の中が、「キム」でいっぱいになった。その時
「どうしても、これだけが消すことができないんだ」
 シンが、パソコンに打ち込む操作をやめ、画面に出た男の子の顔を見て呟いた。私の目の前のノイズが一瞬にして晴れ、頭の中はキムとの思い出でいっぱいになった。
「キム。私の息子―――」
 私は、涙が止らなかった。あの日の朝、キムと話した会話がふと蘇る。
「身体が新しくなっても、同じように抱きついてくれる?」
「あたりまえさ」
 そう、私は解体寸前のアンドロイド。
「なぜ、私はここにいるの?」
 その質問にシンは、私のほかの部品を丹念にチェックしながら答えてくれた。
「あの日、海に落ちた君をあそこにいた人たちで引き上げた。防水加工していなかった君の体は隅々まで海水に侵され、誰もが皆スクラップ行きだと言ってた。そんな君を、どうせスクラップにするなら、今後のアンドロイドの研究にと、譲り受けた」
 淡々と語りながら、シンは私の身体を組み立て始めた。
「ひとつひとつ丁寧に解体し、使えるものはそのままに、使えないものは新しいものと交換し、より最新のものに近づけるために―――。今でもこうして時々メンテナンスしている。かなり人間に近いだろ?ただ、脳の中は解体する勇気がなかった。費用も莫大なものだしね。幸い海水の浸食を免れていたし、僕のパソコンと繋げればデータはいくらでも変えられた。ただひとつを除いてはね―――。だから、それに鍵をかけたんだ。勝手に開かないよう」
 そう言い終わる頃には、身体はほぼ完成していた。あとは、私と組み付けるだけ――― 「あれから、どのくらい時間がたったの?三年?五年?」
 ――― お願い十年と言って―――
「半年」
 その言葉に私は、諦めがつかなくなった。
 ――― 今なら、まだ―――。
 キムに会いたい ―――
「一年.あの事故から一年僕は待ったんだ」
 そう言いながらシンはキーボードを叩いた。
―――無理だ。もう新しい代理ロボットがいる。僕が届けた―――
 その言葉が私の思考回路に直接伝わったあと、目の前にノイズがではじめ、そして何も見えなくなった。シンの指が叩くキーボードのカタカタという音だけが私の耳に響き渡る。その音に掻き消されながらもわずかに届いたシンの声。
「そうだ、ユキ。編み物でもするといい。そうすれば余計な詮索はしなくなる」
 そして全ての音はじょじょに小さくなり、やがて静かになった。
 ――― キム、また会えるわ。だって私はアンドロイドだもの ―――
 ――― ね、そうでしょ?キム―――
 ――― キム?誰?―――
 ――― シン。愛してるわ。シン ―――
 ――― あたりまえさっ―――
 ――― シン!シン?どこなの?―――                         
「ねえ、しっかり!あぁ―――良かった―――大丈夫?」
 目を覚ますと私は大の字になって床の上に倒れていた。遠く離れた天井とシンの顔が、私を心配そうに見つめていた。 
「?」
 放心状態とは、このことを言うのだろうか
―――そうだ。はしごから落ちて―――
「大丈夫?」
 ボーっとしたままの私に、シンが心配そうに尋ねた。
「う、うん。だ、大丈夫」
 そう言って私はゆっくり上体を起こした。
「歩ける?」
 シンの問いに黙って頷き、彼の肩をかりてソファーまで歩いていった。そしていつものように彼の膝に頭をおくと、
「やっぱり、仕事休むべきだった ―――」
 と申し訳なさそうに言って、私の髪に手をかけた。
「違う―――。何か、違うわ」
 そう言って私は、おもむろにシンの膝から離れた。
「どうしたの?」
 シンが心配そうに私の顔を覗き込んだ。 
――― 何かが違う。なにが違うというの?本当に違うの?―――
「どこか痛む?」
 シンが私の身体をそっと撫でてくれる。何も変わっていない。
「ううん。大丈夫。きっとまだ、気が動転してるんだわ」
 そう。気のせい。私はそう思い再びシンの膝の上に頭を置いた。
「もう寝たほうがいい」
 シンはそう言いながら、私の髪を優しく撫ではじめた。私はその手に自分の手を重ね、そして頬の上に移動させた。頬から伝わる彼の手のぬくもり。
「シン―――。ずっと傍にいてね」
「心配しなくていいよ。さぁ、お休み」          
 それから数日間、何事もなく幸せな日々が続いた。
 ある朝、いつもより早く仕事に出かけるというシンをさっさと送り出し、台所を片付け、掃除をし、洗濯も終わらせた。そして別室から大きな紙袋をもってくると、大好きなロッキングチェアーに腰掛け、その袋から深い緑色の毛糸と編みかけのセーターを取り出した。私は、もうすぐやってくるクリスマスのプレゼントにと、シンに内緒でセーターを編んでいる。 
 鼻歌まじりでチェアーを揺らす私の心はもうクリスマス。
 ――― ビィーッ ―――
 突然のドアチャイムの音に、私は少し驚いた。普段人なんかくることのないこんな森の中まで足を運んでくるなんて、一体どんな人なのかしら?そう思いながら静かにドアを開け、そして自分の目を疑った。
「こんにちは」
 そこには、なぜか『私』が立っていて―――。
「シン・ウェブナー技師のお宅ですか?」
 そう私に問いかけた。「はい、そうですが―――」
 平静をつくろいつつも、反射的に答えることしかできなかった。
「突然お邪魔して申し訳ありません」
 ――― 何なの?なぜあなたは驚かないの? ―――
 気が動転している私をよそに、目の前の『私』は、ここに来た理由を続けて話していた。この目の前にいる『私』は二代目の代理母アンドロイドで、行方不明になった最初のアンドロイドを偶然見つけたシンが、同機種のこの『私』を『息子』のもとへ届けたらしい。
「この子が、どうしてもお礼がしたいと―――」
 『私』の影から顔を出した小さな男の子は、恥ずかしそうに「こんにちは」と笑みを浮かべた。
「息子の―――」とアンドロイドの『私』が言ったところで、
「キム―――」
 とその男の子に向かって私は呼びかけていた。なぜかは分からない。とても懐かしく愛おしい感じがして、その『息子』の名前を呼んでいた。驚いた顔で見つめあう二人をよそに、私は膝を床につけ目線をキムの高さまで下ろし、そっと両手でその顔を包み込んだ。
「どうして僕の名前知っているの?」
 何の警戒心もなくキムは尋ねた。
―――どうして?って、私の事が分からないの?―――
 私は戸惑いながら、
「だって私は―――」
 そこまで言って、なぜか頭の中が真っ白になった。
 ――― 私は、なに?そうよ、なぜ知っているの?それにこの感覚は?―――
「キム、彼女はウェブナー技師と一緒に暮らしているのよ。きっと技師に話を伺っていたんだわ」
 アンドロイドは私と同じように膝をつき、優しい口調でキムにもっともらしい理由を言った。
 ――― そうかも知れない ―――
  私自身、無理やりそう納得をさせ、遥々来てくれた二人にお茶を出そうと家の中に招き入れた。中に入るや否や、キムがあるものを見つけ走りよった。
「ねぇ、見て、ヴィラ!」
 ――― なに?どうしたのキム ―――
 先行く私はその声に反応して振り向いた。けれどその先に見えたのはアンドロイドの『私』に楽しそうに話しかける『私の息子』キムの姿だった。「これ、ヴィラの椅子とおんなじだよ」 
―――なぜ私じゃないの? キム?キム!キム!―――
 私の声が心の中でだんだん大きくなってゆく。
―――そう私はヴィラ。代理母アンドロイド―――
「あら、ホンとだ。このお家にもいるのかも知れないわね」
「だって、ウェブナー技師のお家だもん。でしょ?」
 私の目の前で私にそっくりなアンドロイドが私の息子に楽しそうに話している。あれは、私?じゃぁ私は誰?私はヴィラ。いいえ、私はユキ。愛する夫シンと二人、ここで静かに暮らしている。シン?シンはどこ?この二人は誰?あれは私。私は―――?二人の会話はどんどん遠くなってゆき、自分の身体が後ろに引っ張られてゆくのを感じた。私はキムをしっかり両目で捉え両手を前に伸ばしたまま、後へとゆっくり倒れていった。視線がキムから離れる瞬間、二人が私に気付き駆け寄ってくるのが見えた。そして後頭部が激しく床に叩きつけられると同時に、「パシュッ」と音を立てフラッシュのような光が私の視界を遮った。その後も続く頭の中を貫く衝撃。なにがどうなっているのか分からなくなっていた。ただ、驚いた顔で私を覗き込む『私』と、そして『私』の瞳に映る見たこともない女性が黙ってこちらを見つめていた。
「大変、オーバーヒートだわ」
 そう言って『私』が目の前から立ち去ると、目の前に広がる天井がゆらゆら揺れて見えた。遠く離れてゆきそうな錯覚さえ感じさせながら―――。そこに、ぬうっとキムの顔が横入りし、気が遠くなりつつあった私を引き戻した。 
「大丈夫?」
「ええ」
 そうは言ってみたが、今なお続く頭を貫く衝撃に身体は痙攣を起こし、目の前はノイズで乱れ、キムの顔が歪んで見える。
「冷やしましょう」
 『私』は氷をタオルでくるんだものを持ってくると手際よく頭を冷やし、そして私を抱えロッキングチェアーへ向かった。私は誰?その謎を探るべく、私は「鏡が見たい―――」そう呟いた。その言葉に『私』は一瞬不思議そうな顔をしたが、私をそっとチェアーに下ろすと、バッグの中からコンパクトを取り出した。
「ただいま。誰か来てるの?」
 帰ってきたシンが、家の中の異様な様子に気付き急ぎ足で入ってきた。そして、こちらを向いて突然顔を硬直させた。
「ダメだ!!ユキ!!見るなっ!!」
 シンの荒げた声が響き渡ったが、すでに時は遅く、私は『私』から受け取ったコンパクトを覗き込んでいた。
「誰?これは、誰?」
 鏡に映る私は、見知らぬ女性だった。シンは呆然と立ち尽くしていた。私の目の前のノイズはより一層ひどくなり、目に入るフラッシュは火花のようにパチパチと音を上げだした。頭の中が熱くなってゆくのがわかる。頭を貫く衝撃と共にシンとの思い出がフラッシュバックする。私は、傍にぬくもりを感じ、現実か記憶か分からないシンの姿を捉えた。その後ろで、キムが『私』の後に隠れ心配そうにこちらを見ている。
「ゴメンね、キム。また別の日に来て」
 そう言って私が右手を振ると、『私』は適確な判断でキムを帰るよう促した。
「早く元気になってね」
 と微笑だけを残して、キムは『私』とともに帰って行った。
 静かな部屋の中、シンは握り締めた私の手に額をこすりつけ震える声で呟いた。
「ユキ ――― どうして ―――」
 私の中で、『ユキ』という名前がこだまする。
 ――― ユキ、愛してる ―――
――― ユキ!―――
 ――― ユキ!―――
 それは紛れもなく私を呼ぶシンの声。いつも、どんな時も傍にいてくれたシンの温かい声。
「ユキ?――― そう、私はユキ―――。いいえ違う。私は―――」
 ――― ヴィラ ―――
 そう呼んでくれた最愛の息子キムは、別の『私』の胸に抱かれ笑みをこぼす。
 ―――バシッ!―――
シンにも聞こえるほどの何かが弾けるような音と、身体をのけ反らせるほどのひどい衝撃に、私は「うっ」と声を漏らした。
「ダメだ。逝くな ―――、もう二度と僕を置いて逝かないでくれ ―――」
 シンは私を見つめて涙するだけだった。少ししてシンは突然立ち上がった。           「待ってろ」
  ―――シン。私は一体どうしてしまったの?―――怖い―――
 シンは、苦しむ私の横でコンピュータを開き、そしてプラグを私の頭に差し込んだ。  
 ―――私は一体なに?―――
  私の頭は混乱し、制御できなくなった身体は手足をばたつかせていた。それもつかの間『バッチ』という音が頭の奥で響いたあと、体の感覚が私の中から消え手足は静かになった。頭の中が焼けているのか、いやな臭いが鼻をつく。
「くそぉ!何で繋がらない!」
 シンの悲痛な叫び声。意識はあるのに、もうどうすることもできない。
「ユキ!ユキ!」
 シンは動かなくなった私の身体を揺すり、何度も叫び続けていた。 
「俺をひとりにしないでくれ。お願いだから―――」
 シンの叫び声がだんだんと遠くなってゆく。そしてわずかに感じる身体の揺れは海の中で揺られるヴィラの記憶と重なり、それを呼び起こす。
「身体が新しくなっても、同じように抱きついてくれる?」
「あたりまえさっ」
 あの日が蘇る。
―――私に帰るところはないの?―――
「もう、私が私でいる必要はどこにもない」
 ヴィラが私の中でそう叫んだ。
―――あのままそっとしておいて欲しかった。誰にも邪魔されることなく、いつまでもキムとの思い出の中にいたかった―――
 ヴィラの悲しい想いは私に伝わり、そして静かに消えてゆく。じょじょに停止してゆく機能の中、私はしっかりとシンの姿を目に焼き付けた。
「ユキーッ!!」
 それが最後に届いたシンの叫び声。そして私は、
「さようなら」そう呟き、静かに記憶を消した。
 ――― シン、ずっと愛してるから ―――
 ――― さようなら、キム ―――
 ――― さようなら、私 ―――
 ――― さようなら ―――

 眩しい昼下がり、私はシンと、キムと、ヴィラとともに近くの砂浜で楽しくランチタイム。シンとキムは一足先に食事を終え、波と戯れていた。
「人間はいいわね。錆びる心配がなくて」
 ヴィラは少しつまらなさそうにしつつ、
「呼んでいるわよ」と私に手を振り呼ぶキムとシンの方を指さした。私は満面の笑顔で彼らに手を振りかえした後、
「シンがいるから大丈夫。一緒に行こう!」
 と、ヴィラの手を無理やり引っ張った。嫌がりながらも嬉しそうについてくるヴィラを見て繋いだ手を一層強く握り、二人で波打ち際めがけて走り出した。
「早くおいでよ!」
「ハーイ」
                             終

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シン(ヴィラⅡ)

《シン》 

 僕はあの日、魂を悪魔に売った。搬送された病院のベッドで苦しむ彼女と、彼女を失ってしまうことの苦しみから僕を救うために―――。
 僕らの幸せは、一瞬にして奪われた。あの日連絡を受けて病院に駆けつけた僕の目に映ったものは、ユキの変わり果てた姿だった。勤めていた工場が爆発事故を起こし、ユキはその犠牲になったのだ。全身のそのほとんどが焼けただれ、この存在が本当にユキなのかどうか、まったく分からない状態だった。衣服とともに身体に張り付いていた従業員証が唯一の身元の証明だった。かろうじて生きてはいたが、医者も手の施しようがなく、ただ見守ることしかできなかった。ときおり聞こえてくるうめき声は、「熱い、熱い」とそう聞こえ、耳を塞いでも、目を背けても耳の奥にいつまでもこだました。
―――そんなに苦しいのならいっそ(この手で殺してしまおう)―――
  何度もそう思った。けれど、そう思えば思うほど、どんな状態でもいい、ずっと傍にいて欲しい。その気持ちが増すばかりだった。
 気がつけば僕は自分の働く会社に忍び込み、当時研究に携わっていた倫理上公表はされていないがすでに開発済みの記憶転送装置を持ち出していた。
 彼女の―――ユキの記憶をマイクロチップに転送するのだ。ユキの全てをこの中へ ―――。
  全ての記憶をなくしたユキはただの器になり、痛みすら感じることもなく、数日後静かに息を引き取った。
 荼毘にふされ骨になったユキを見て僕は、人間の儚さを知った。けれど少しも寂しさを感じることはない。なぜなら姿形は変わってしまったが紛れもなく『ユキ』はここにいるのだから。
  手の中に入るほどの小さなマイクロチップ。僕はそれを専用のパソコンに入れて起動させた。決して覚めることのない夢は現実となる。ユキの記憶を仮想の現実に送り込んだ。つまり夢を見ている状態にしたのだ。信じがたいかもしれないが、僕がパソコンに話したいことを打ち込むだけでユキは勝手に想像し、あたかも現実の世界で僕と話しているかのように感じることができるのだ。そしてそれは今までのユキの記憶と混ざり合い、新しい記憶として蓄積されていく。僕が新しい情報をインプットし、間違った情報やいらない記憶を消してゆくことで、ユキは新しい未来を切り開いてゆける。僕の―――僕だけのユキを作り上げてゆく。そしていつか―――。
  その日は思ったよりも早くやってきた。たまたま訪れたヨットハーバーで僕は、とてもすばらしい拾い物をした。製造番号のかなり古いアンドロイドを手に入れたのだ。僕はこのアンドロイドの持ち主を調べ、すぐに電話をし、事情を聞いた。そして「明日新しいものを持って伺います」と伝え、そのようにした。
 翌日『ヴィラ』という名のアンドロイドをその家に届けると、小さな少年が飛んで出てきた。しかしピクリとも動かず眠ったままの『ヴィラ』を見て少年はその場に佇んだ。
「大丈夫だよ。もうすぐ目が覚めるからね」
 そう言って僕はその小さな少年としばし話しをし、その出来うる限りの情報を『ヴィラ』の中にインプットすると、それを起動させた。アンドロイドがゆっくりと立ち上がる。僕は目を細め少年の肩を抱きその様子を一緒に見守った。やがて目を開いたアンドロイドは少年を見つけ静かに口を開いた。
「ただいま、キム」
 その声に少年は、「おかえり、ヴィラ!」と僕の傍を離れアンドロイドに駆け寄り、おもいっきり抱きついた。アンドロイドはその少年の頭を優しくなで微笑んだ。新しい『ヴィラ』の誕生だった。
 ヴィラの様子を少しの間確認したあと、僕は説明書と保証書そして連絡先住所の書いた紙を少年の父親、つまり顧客であるこの家の主人に手渡し「メンテナンスの際は是非」とひと言つけ加えこの家を後にした。
 僕はこの時をどれほど待ちわびたことか。そのために人里はなれたところに一軒家を買い、今まで作り上げてきた地位と権威と研究に関する『記憶』全てを会社に譲り、独立という形を取ってアンドロイドの修理・販売業を始め、時を待つことにしたのだ。ただ、僕だって馬鹿じゃない。今までやってきたこと全ての記憶をなくしたら、僕とユキの新しい未来は紡げない。そこで僕は僕自身の記憶にちょっとした細工を施した。記憶の操作など僕にとっては簡単なこと。パスワードひとつで復元できるよう仕込んだのだ。
 そして退社する日、僕は研究とそれに関する情報全ての記憶を失ない、変わりにメンテナンス業務のノウハウや顧客など新たな情報をインプットされ、社外の人間になった。
 翌日、僕は何の疑いもなくこの家でメンテナンス業者として目覚め、お得意先のアンドロイドのメンテナンスに伺うべく支度を始めた。そしていつものようにコンタクトレンズをつけようとした瞬間、膨大なる記憶の波に胃袋の中を一掃され、そのあと洗面台の掃除もすることになった。そう、コンタクトレンズをつけるのは日常の行為であり、しかも洗面所で行なうという好都合な行為だという観点から、僕は記憶を戻すパスワードを今日使うコンタクトレンズの内側に記しておいたのだ。記憶を取り戻すことがこんなに気分の悪いことだったとは想像以上だったが、それでもこの上ない喜びに僕は浮かれ、鼻歌まじりで汚物の処理をしたことを今でも覚えている。
 あれから半年。ようやくユキの『新しい身体』を手に入れた。あとはこの身体の中身を分解し、整備、修理、改造。そして、記憶の転送―――。
 僕は毎晩、狂ったようにこのアンドロイドを触り続けた。頭部以外の全てのパーツをひとつひとつチェックしながら分解し、使用不可能な部品を新しいものと交換しながら、それぞれどこの何かわかるよう札をつけてゆく。この一番手間のかかる作業を二ヶ月かけて行い、組み立て、間違いなく動くか細部にわたり検査をしてようやく『ユキの体』を作り上げた。あとは頭部だけだ。頭部は穴が多い分、水没の影響をかなり受けていると考えがちだが、実際は違う。呼吸をすることも、食事もすることもないアンドロイドの穴は、その形を人間に似せるというだけの見せかけの部分が多い。そしてこれは生身の人間の場合も同じだが、耳の穴にしろ鼻の穴にしろ、それらは脳に直接繋がる穴ではなく、脳に繋がる穴は唯一、脊椎の通る穴のみなのである。幸いにも脊椎に損傷はなく、ほとんど海水の影響はなかった。僕は容姿をできるだけユキに近づける作業をしながら、ユキが目を覚ますその日を想い描いていた。
 そして、とうとうその瞬間がやってきた。僕は高ぶりで震える手を抑えながらマイクロチップというちっぽけな『ユキ』を出来上がった新しいユキの中に入れ、充電器である卵型のロッキングチェアーに座らせると、ユキが目覚めるのをじっと待った。
 しばらくして目覚めたユキを見て僕は大なミスに気付いた。このアンドロイドが旧式だということを忘れていたのだ。ユキは、壊れたロボットのように同じ動きを繰り返していた。それはマイクロチップを必死に読み込もうと何度もチャレンジしている姿だった。ユキのシステムでは僕の開発した最新式のシステムを読み込むことができなかったのだ。読み込むためのシステムをインストールしようとも試みたが、それも適わなかった。しかし慌てることはない。マイクロチップが使えないのなら、コンピュータを介して記憶というデータだけを内蔵されているハードシステムに直接インプットすればいいのだ。普通ここには基本的な行動パターンや危険回避のためのセキュリティシステムなど、人と生活を送る上で大切なデータが入り、人格や、記憶をインプットすることはない。ただそれは後々のメンテナンスのことを考えてのことであり、機能的にはここに『ユキ』を入れても差し支えはないはず。問題は容量だけだ。僕はまず、そのハードシステムを開いて中の状況を見てみた。結構整理できそうだ。僕はデータを圧縮したり、いらないものを消去したり、慎重にシステムの整理をしていき、『ユキ』を入れるに十分なスペースを作くることができた。
「この位でいいかな」そう思いシステムを閉じようとしたとき、気になるデータを見つけた。それはこのアンドロイドの過去の記憶だった。僕は、何らかの誤作動でも起きたのだろうと、気楽にそのデータを消し始めた。
 順調にことは運んだ。たったひとつのデータに関すること以外は―――。どうしても消えないデータの存在。僕は戸惑った。
―――ありえない―――
 しかし現に存在している。そのデータを解析した結果、全てキムという少年とのものだということが分かった。ヴィラを代理母に持つ、あの少年だ。そしてそのデータはこともあろうか起動システムと連動していて、それがなくなるとこのアンドロイドは起動しなくなるようになっていた。なぜそうなっているのかははっきりとは分からないが、恐らくこのアンドロイドは元々がそういったシステム、つまり不良品だったのだろう。僕は悩んだ末、このデータ全てを開くことができないようにロックすることにした。人間で言えば、記憶喪失とでも言うのだろうか。そういう状態にしたのだ。何らかの影響でロックが解けて、ヴィラの記憶が蘇るといった心配もあったが、ユキの記憶に比べれば微量な記憶をわざわざ呼び起こすようなことはしないだろうし、たとえ記憶が蘇ったとしても、遠い過去の記憶としてすぐに排除してしまうだろう。そう高をくくりつつも、念のためすぐにコンピュータと繋げることができるよう、左耳の後ろに専用の外部端子を作った。さらには、ユキとそれに関するあらゆる資料を僕の書斎であるロフトの棚の奥にしまい込み、なおかつユキがそこに立ち入らないようユキ自身にセキュリティシステムをインストールしておいた。そして念には念を入れて、ユキ自身、自分の容姿が認識できないようにまでしておいた。なぜ、そこまでしたのか。ひとつのアンドロイドにふたつの記憶つまり人格の存在が与える影響が図り知れなかったからだ。
 そして、ユキの記憶をヴィラだったユキの中に転送し外部端子プラグを抜き全ての作業を終えた。後は、ユキが目覚めてみなければわからない未知なる世界。僕は静かにその時を待った。やがてユキは静かに目を覚まし、そしてキョトンとした目で僕を見つめると、ゆっくりとロッキングチェアーから立ちあがり口を開いた。
「どうしたの?シン」
 ユキが再び蘇った瞬間だった。僕はこの喜びをどこにぶつければいいのだろうか。思わずユキに抱きつき、
「お帰り」と耳元でささやいた。
「何?どうしたの?」
 僕の浮かれようにユキは少し戸惑いぎみだったが、そんなことなどおかまいなく、僕は何度もユキを抱きしめた。
 この日から、ユキの作られた記憶は現実となる。あの忌まわしい事故の記憶を消し去り、会社を辞め独立した僕がユキにプロポーズをしたことや、その数ヵ月後に結婚したことに換えた。この半年間のユキの記憶は止まることなく存在し、そしてこの先も続いてゆく。
 「ユキ」
 僕はソファーに腰かけ、ユキを手招きした。ユキはいつものように隣に座ると、僕の膝を枕に目を閉じた。僕はそっとユキの髪をなで、そして長く柔らかな髪を耳にかける。ユキの横顔が愛しい。僕はそのユキの横顔に微笑みかけたあと、左の耳の後ろにある外部端子の接続カバーを外しプラグを差し込んだ。すると設定どおりユキの外部機能は停止した。僕はユキの傍を離れコンピュータのあるデスクへと向かった。そしてユキの脳や身体に不具合が出ていないか入念にチェックした後、再びユキの傍に戻りプラグを抜いた。目覚めるのは三分後だ。今のところどこも異常はないようだが、しばらくは定期的にチェックが必要だろう。
 こうして、僕とユキの新しい人生がスタートした。

                        終

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ヴィラⅠ

《ヴィラ》  

 私は明日解体される身のアンドロイド。名前はヴィラ。こんな切羽詰ったときに椅子に座っているのは、これが椅子型の充電器だから。
 身長一六〇センチ、体重は内緒(レディに聞かないのっ)。年齢二十八歳くらいの容姿と、この年代にしては少しいいプロポーション。
 ひとり息子の世話をするため、六年前にここの旦那様、つまり息子の父親に購入された私。性能はいいけれど、消耗の早いのが玉に瑕。およそ三年で買い替えるのが通常の時代、かなりもったほうだ。充電機能が古くなり、用のないときはこうしてここに座っている。容姿は若いのに、やることはまるで老人のようになっていた。
 これが私を買い替えることになったきっかけ。といっても、古くなったこの体から人工知能だけを取り出し、新しい身体に入れるだけ。そのとき、人口知能が暴走するのを防ぐため、貯蓄された感情というものを排除するらしい。これは、今までの経験から消費者に課せられた義務。だから本当は壊れなくても三~四年で買い替えなければいけなかった。 その義務を怠り六年も私がここにいるのは、ここの息子に母親がいなかったから。かたときも私から離れず、本当に私を母親だと思ってくれていたから。
 その息子も七歳になり、私がアンドロイドだということも理解した上で、今回の買い替えはすんなりゆくはずだった。
「ヴィラはいいよね。身体をとっかえひっかえして、いつまでも新品のままでいられるから」
 そういって私に抱きついてきたのは、息子のキム。私は椅子に腰掛けたまま、まとわりつくキムの頭をなで微笑んだ。
「新しい身体、見た?」
 キムは手に持ったチラシを、私の顔の前に近づけた。
―――もう何度も見た―――
 そう言おうとして言葉を呑み込み、代わりに、
「身体が変わっても、こうやって私に抱きついてくれる?」
 優しい口調で尋ねると
「あたりまえさっ」
 と、キムの軽やかな返事が返ってきた。涙が出そうになった。通常、アンドロイドは涙を流さない。けれどそれは三~四年に一度感情という情報の蓄積を消してしまうからであり、すでに六年もの間交換されなかった人工知能は、感情をただの情報の蓄積というもので片付けられなくなってしまっていた。いや、そう思いたかっただけかもしれない。物質的には人間とかけ離れていても、人間として存在していたかったから―――。
「怖いの?」
 キムが、黙り込んだ私を心配して、声をかけた。
「大丈夫だよ。僕がついてる」
 胸を叩いて私を勇気付けようとしてくれていた。
「優しいのね」
 私は、泣きたい気持ちを抑え、そう微笑み返した。
 こうしている間にも解体の時は刻々と迫ってくる。私が私でなくなってしまう。人工知能の中に蓄積された六年もの思い出がただの情報の塊として消去され、そして何も感じないただの代理アンドロイドに―――。明日になれば私は、この体と共に消えてしまうのだ。そうなるくらいなら、いっそこのまま消えてしまいたい。そう思いながら目的もなく部屋中を見回していた視線が、いつの間にか棚に置かれたボトルシップを見つめ止まっていることに気がついた。

 あれは昨年、キムと二人で作ったボトルシップ。もともとジグソーパズルの好きなキムが見つけてきた、立体パズルとも言えるボトルシップキット。
「こんな船に乗って旅ができたらいいな」
 キムは少しずつできあがってくるビンの中の帆船に自分の夢をのせて、世界中を航海しているようだったが、私には理解することはできなかった。
「ヴィラは、海って知ってる?」
 黙々とビンの中に帆船を組み立てている私に、興味深げにキムが尋ねた。
「もちろん」
 データとしての海は、面積から塩分の濃度に至るまで全て知っている。
「行ったことある?」
「いいえ。溺れたら大変ですから」
 海の怖さも知っている。けれどそれだけ。
 作り始めてから一カ月。ようやく最後の部品をつけ終え、完成した。あとは栓を閉めるだけ。私がコルク栓をビンの口に近づけた時、キムがそれを止めた。
「閉じちゃダメ!出られなくなっちゃう」
「?」
「船はね、海を泳ぐんだ。こんな狭いところにいるのは本当はイヤなんだ。だから閉めちゃダメ」
 あまりに真剣に言うので栓をするのをやめたが、キムの言っていることが理解できたわけではなかった。

 そんなことを不意に思い出し、私は引き寄せられるようにボトルシップに近付いていた。「海―――」
―――この船でさえ海に出たいと思っているの?―――
 解体を明日に控え最後に海が見たくなった私は、衝動的にボトルシップを持ち出し、キムには何も告げず外へ出た。
―――これが古くなったアンドロイドの暴走なのだろうか?―――
 そんなことを思いながら、列車で数時間も離れたヨットハーバーへ向かっていた。電力をできるだけ抑えるよう、オートセーブしながら―――
 私は目の前に広がる光景に、少しの時間心を奪われていた。
「これが、海?」
 独特の香り、途切れることのない波の音。空と繋がる水平線。ポッカリと浮いているようにも見える遠くの船。今まで味わったことのない不思議な感覚だった。 私は吸引き込まれるように、防波堤の端まで歩いていた。全身の力がスーッと抜けた。「船は海を泳ぐんだ」キムの言葉を思い出した。
「海に帰りたい?」
 私は抱いたままのボトルシップに問いかけてみた。そして、明日になったら私から離れてしまう『私』に、同じことを問いかけた。
「私のままでいたい?」
―――船が船でありたいように、私も私でいたい―――
 目を閉じ、波の音を聞きながら、そんな想いにふけっていた。考えても仕方のないことだと分かっていたけれど、それでももうしばらく問いかけていたかった。そのとき、不意に手の力が抜けた。
「あっ!」抱えていたボトルシップが落ち、防波堤のコンクリートに叩きつけられ割れた。ビンから放り出された帆船は、バウンドしてそのまま海へ―――。キムの大切な船を守るべく咄嗟に手を伸ばしたそのとき、突然目の前が真っ赤に染まった。
「まずい、電池切れ」
 私の身体は、不安定で不恰好な体勢のまま動かなくなり、そのまま前のめりに倒れ海に落ちた。
 ザッパーン
「大変だ!人が落ちたぞ!」
 そう叫んだ誰かの声が、わずかな電力で機能する聴覚に届いた。視覚機能もかろうじて動いていた。沈む途中、水面の向こうに人だかりが見え、水圧にかき消されながらも人の声がざわざわと聞こえた。
 人の形をしていても機械でできている私の重さは、軽く百キロを超えている。それでもゆっくりと沈んでいくのはなぜだろう。そう思いながら、なりゆくままに身を任せた。水面がキラキラと光っていて綺麗だった。身体に海水が入り込むゴボゴボという音と、身体から抜け出る細かい気泡のシュワァッという音が混じりあい、体内に響きわたっていた。水面が遠ざかる。けれどさほど怖くはなかった。むしろ望んでいたことかもしれない。
 そしてようやく海の底に辿り着いたころ、視覚が遮断され、次いで聴覚も遮断された。思考回路だけがしばらく回っていた。
 キムは私を捜しているかしら?それとも諦めて、新しいアンドロイドを買いに行くのかしら? 海面では、ビンから開放された帆船が、波と戯れていた。
「大丈夫。また会えるわ、キム。だって、私はアンドロイドだから」
 明日になれば、姿、形は今の私と寸分も変わらないアンドロイドが家に届く。『ヴィラ』という人格を持つ人工知能はいくらでもつくれる。もう一度ヴィラが誕生する。キムは新しく訪れた『私』に飛びつき、『私』はキムの頭を優しくなでる。キムと『私』の新しい日々が始まる。今度の『私』は海に遊びにいけるかな?

 海の底、静かな世界で流れに揺られながら、私の中で同じシーンが何度も繰り返される。 
「身体が新しくなっても、同じように抱きついてくれる?」
「あたりまえさっ」 
                        終

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小説部企画作品 (ヴォイス)

タイトルどおり、
ブログ小説部『企画発信室』で以前に作った同人誌(非売品)に掲載した作品です。
なんとなくUPしてみました(汗)

<ヴォイス>    
      *この作品はポルノグラフィティさんの楽曲『ヴォイス』より連想したものです。

 高熱で寝込み、ようやく熱が下がった朝、僕は真っ暗な世界に閉じこめられた。

 最初は何が起こったのか、まったくわからなかった。自分がどこにいるのか、上を向いているのか下を向いているのか、起きているのか眠っているのか、それすら分からなかった。気が付けば僕の異変に気づいた母が、訳も分からず取り乱している僕を懸命に抱きしめてくれていた。

 この日僕は、突然視力を失った。それは中学を卒業してすぐのことだった。

 何度か手術をして、少しでも視力を取り戻そうと必死に闘ったが、僕の視力は二度と戻ることはなかった。長い入院生活。日常生活の簡単なことが自分でできるよう訓練する日々。最初は立つことすらできなかった。食事も排泄も何もひとりでできず、見えないことへの不安と、屈辱的な日々。誰にも会いたくなかった。

 高校へ入学し、新しく始まった生活を話しに来る友人たち。強がって笑って見せたが、内心うっとうしかった。

 一人で身の回りのことができるようになると「誰にも会いたくない」という気持ちが一層強くなった。一瞬にして何もかもなくし、暗闇に取り残されたこの気持ち、誰にも理解できるわけがない。

 見えなくなると音に敏感になる。とりわけ声には―――。

 

笑い声は 僕をあざ笑う声に

 泣き声は 僕を哀れむ声に

 怒り声は 僕を小さくさせ

 単なる話し声は 僕を一人にさせた

 光とともに失ったのは僕自身。何のためにここにいるのか。全てを失うために生まれてきたのか。僕は誰?自暴自棄になっていた。すべてが無くなってしまってもいいと思った。

 そして一年がすぎ、僕は盲学校へ通うことになった。

「こんな学校に通うはずじゃあなかった」

 この思いは、僕をより惨めにさせた。

 学校には、思ったよりたくさんの生徒がいた。僕を含め八人の新入生の周りには、自然と人が集まり、競っていろんなことを教えてくれる。手探りと感覚と勘で、校内のことを覚えて行く日々。そこには先輩も後輩もなく、そして何より、僕の目が見えるとか見えないとかまったく関係のない不思議な世界。けれど全てをどこかに置き去りにしてきた僕の心では、何もかも無意味に感じた。それでも僕の意思に関係なく、時は流れてゆく。

 視力障害者のために作られた学校だったが、見ることに頼って生きてきた僕には、日々苦労の連続だった。何をやってもうまくできず、いつも、何をやるにも最後。夏を過ぎる頃にはほとんどの新入生は学校の隅々まで一人で歩けるようになっていた。僕はといえば、未だトイレすら一人で行けやしない。そんな僕に入学当初から仲良くしてくれたクラスメイトがいた。彼は僕の思っていることが分かるかのごとく、手を貸してくれる。彼曰く、不思議と気が合うらしい。

「あせっちゃダメだよ。きっとできるようになるから」

 いつも明るく声をかけてくれる。なのに、いつまでも何も一人でできない僕。情けなかった。その情けなさが苛立ちに変わり何もかもうっとうしく感じる。彼はそれすらも感じ取っていたのだろう。ある日の下校時、いつものように二人で校舎を出ると、黙っている僕に声彼がをかけた。

「どうかしたの?近ごろ何だか変だよ」

「突然目が見えなくなった僕の気持ちなんか、誰にも分かるはずがない」

 僕はずっと秘めていた心の叫びを思わず吐き出してしまった。

「―――そうだね」

 彼は否定することなく、そしてこう続けた。

「だけど君は、生まれながらにして何も見えない人の気持ちが分かるかい?」

 ハッとした。生まれつきなら何の不自由もない。それがあたりまえなのだから―――。

そう思って接してきた。けれど、本当にそうなのだろうか?突然のことで戸惑ってはいるけど、触れれば大体の形は想像できる。色だって分かる。けれど今僕の隣にいる彼は、その全てを知らない。まことの闇。本当に分かっていなかったのは僕?

 そのとき僕の頬に冷たいものが舞い降りてきた。

「雪―――」

「僕は雪が好きだ。見たことはないけれど、話を聞いたことがある。一片の汚れもない白。見渡す限りの銀世界。一度でいいから見てみたい―――」

彼は両手の手のひらに雪を感じながら、見えない目で空を見ていた。もちろんその姿は僕に見えてはいないけれど分かる。感じる。僕は失っていた自分を、かすかに感じた。冷たいはずの雪が、なぜか違うものに感じた。それは雪よりももっと白く、もっとやわらかく、そして温かかった。この気持ちはきっと、天使からの贈り物。目は見えなくなったけれど、代わりに何かを感じる。

今まで見ようとしなかったものを、見ようとした瞬間だった。

                                                                 

                 終

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鉄槌

私の所属するブログ小説部『企画発信室』に投稿した小説を
こちらにもアップしてみたくなり、
いきなりですが、
やっちゃいました!!

Porno Graffitti さんの楽曲より。

『鉄槌』

 とんでもない夢から目を覚まし、僕は朝の身支度をして外へと出た。
 突如黒いスーツを着た男たち数人に取り囲まれ、わけも分からず連行された。
そしてなにがなんだか分からないまま僕はブタバコ(留置所)に放り込まれた。どうやら黒いスーツの連中は警察官だったらしい。
 狭く殺風景な箱の中で呆然と立ち尽くす僕の後ろで、鉄格子の閉まる音が鳴り響く。

 その音とともに、僕は夢から覚めた。
「ふぅ―――」
 夢見の悪い朝。僕は重い頭を起こし鏡の前へ立った。ボーっと自分を見つめたあと、右手で髪をクシャクシャッと掻き、うなだれた。
「昨日飲み過ぎたかな?」思い起こそうとして、やめた。
 気だるさをあらわにしながらネクタイを締め、スーツを着、髪を整えると、幾分シャキッとした。それでも許してもらえるならこのまま布団に戻りたい。そう思いながら玄関へ出て靴を履くと、重い扉を開いた。
 「朝日が眩しい」と思った瞬間、その朝日を遮る何かが僕の前に立った。
「最上茂木さんですね。ちょっと署まで同行願います」
 あまりに突然のことに、相手が何を言っているのか分からなかった。
「えっ?あの?はっ?」
 抵抗する術も忘れ、僕は黒ずくめの男たちに囲まれ連れて行かれた。その様子を一人の男が見ていることに気付いた僕は、とっさに頭を下げ、前かがみになって、その男に顔を見られないようなしぐさをとった。そして僕は、警察署に連れて行かれた。
 署に着くと僕はそのまま取調室に入れられ、
「お前がやったんだろ?」と半ば脅しのような叫び声を浴びせられた。
「やってない!」僕には何のことだかサッパリ分からなかったが、否定するしかなかった。そうでもしないと、このまま犯罪者になってしまう。
 「こんばんはここへ泊まってってもらうよ」
 ひとりの警官がそう言って、嫌がる僕を無理やり檻の中に突き飛ばした。前のめりになりなった態勢を急いで元に戻し振り向くと、警官はその鉄格子に鍵をかけていた。
「やめろ!出してくれ!俺が何をしたというんだ!!」
 叫び声も虚しく、警官はカッカッと靴音を鳴り響かせて去ってゆく。そして暗闇の向こうで鳴り響いた扉の閉まる重い音とともにその靴音は消えた。
「出せ!出してくれ!!」
 
 その叫んだ自分の声に驚き僕は目を覚ました。まだ心臓の音が鳴り響く嫌な夢だ。僕はこの嫌な気持ちを取っ払いたくて、すぐさま洗面所へ向かい、冷たい水で顔を洗った。
「パァッ」
 水で濡れた自分の顔を見つめ、喝を入れるために両手で頬を叩いてみた。
「しっかりしろ!!」
 今日は大切な会議がある。僕はビシッとスーツできめて、大切な書類片手に会社へと向かった。
 「おはようございます」
「ん。おはよう」
 僕に頭を下げる部下たちに、紳士的に挨拶を返しながら、会議室へと向かった。
 会議室に着くと僕は、扉の前で一呼吸おき、そしてさっそうと扉を開けた。その瞬間、僕はいきなり左手をつかまれ、冷たい衝撃を手首に受けた。
「何のつもりだ?」
 僕は左手にかかった手錠を見つめそう叫びながら周りを見渡した。十数人の背広を着た男達が一斉にこちらを睨んでいた。
「最上茂木、逮捕状だ」
「は?何のことだ!?」
 身に覚えのないことに困惑し抵抗する僕を男らは無理やり連行しだした。会議室から出される瞬間に出口付近に知っている顔を見つけた。
「森山!!」
 助けを求めて、僕は叫んでいた。
 会社中が大騒ぎになってゆく中、僕は黒い車に押し込められ、強制的に連行された。
 取調室では、何度否定しても受け入れてもらえず、平行線を辿った。
 二日後の夜、ようやく取調べから開放され、独房の中へと放り込まれた。
「ガン!」閉ざされた扉を感情的に思いっきり蹴飛ばすと、あまりの痛さに僕はうずくまった。

 足の指をさすっている最中に夢から覚めた。
 布団の中、身体を丸め、僕はなぜだか苛立っていた。この苛立ちから少しでも開放されようとテレビをつけたその時、「ピンポーン」っとチャイムが鳴った。
「誰だよ、こんなに朝早くに!!」
 僕は一層増した苛立ちをむき出しにしたまま「はい!どちら様!?」と、扉を開けようとした。僕が扉を押すのが早いか、相手が引くのが早いかというくらいの勢いで扉は開き、次いで数人のスーツ姿の男たちが押し入った。
「何です!?」
 僕は叫んだ。
「最上茂木、殺人死体遺棄容疑で逮捕する!」
 そう言って令状を見せると、僕に向かって飛び掛ろうとした。僕は慌てて身をかわした。すると今度はその倍の人数が飛び掛った。
「やめろ!僕が何をしたって言うんだ!?俺じゃない!!俺じゃない!!」
 僕は叫び、抵抗もした。しかしどうすることもできず、外へと連れ出された。家の外はパトカーや警官、そしてやじ馬でいっぱいだった。僕は抵抗をあきらめた。警官に言われるがままに歩き出したその時、ふと目をやった先に森山が立っていた。僕が立ち止まり睨みつけると、彼はゆっくりと口元を緩ませ、ほくそ笑んだ。そしてフッと鼻で笑うと彼は静かに立ち去った。僕はそのまま黙って車に乗り込んだ。
 取調室では僕は容疑者ではなく、犯人扱いだった。
「俺じゃない。森山という男を調べてくれ!何か知っているはずだ」
 何度もそう言うと、目の前の警察官が衝撃的なひと言を言った。
「お前はその森山殺しでここにいるんだ」
「え?」

そして、僕の刑は確定した。
「―――無期懲役を言い渡す」
 僕にはもう何も聞こえなかった。

「今日からここだ」
 そう言って開かれた鉄格子を、僕は静かにくぐった。そして振り返ると、錠の落ちる音が静かな空間に響き渡る。僕は静かに目を閉じた。頬をつたう涙が温かい。僕はその場に崩れ落ちた。
「僕は何もしていない。何も・・・」

 目を開くと僕は、自分の部屋の布団の上に横たわり泣いていた。
―――ピンポーン―――
 何度も鳴り響くチャイム。僕は布団の中に潜り込み丸くなった。
―――ドンドンドン―――
玄関の外が騒がしい。やがてドアを蹴破る音がし、いくつもの足音が僕の潜る布団を取り囲んだ。
「最上茂木!!殺人死体遺棄容疑で逮捕する!!」
 布団を剥ぎ取られ、手錠をかけられると僕は引きずられるように連れられていった。
 パトカーの中、僕は疲れ果て、意識は朦朧としていた。

――― 一体、いつになったら抜け出れるんだ?――-

 僕は肩を叩かれ、我に返った。交差点で信号待ちをしていた僕は、いつの間にか黒いスーツ姿の男たち数人に取り囲まれていた。
「最上茂木、森山トオル殺害および、死体遺棄容疑で逮捕する」
 僕のシワ枯れた右手は高々と上げられ、そして、手錠がかけられた。
「あと、数年。あと数年で、終わる」
 パトカーのルームミラーに映った自分の年老いた姿を見つめ、僕はそう呟いた。

「最上茂木、森山トオル殺害および死体遺棄容疑で、逮捕する!!」

                        END

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