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カルマの坂①

小説部で作ったブログ未発表の企画小説をこのたび公開!!

企画「ポルノグラフィティさんの楽曲からイメージした小説を書こう」

****************

『カルマの坂』

「こらぁ!待てぇーっ!」

どこかの店の主人が追いかけるその先には、よく熟れた果物にかじりつきながら走る少年がいた。

「誰かそいつを捕まえてくれーっ!」

 そう叫び、一歩も走れなくなったその男は遠く逃げ去る少年を指差していた。

「またあいつか」

 街を行き交う人の中から、そんな声もチラホラ聞こえる。

「おっさーん。ありがとよーっ」

 そう言って少年は建物の陰に消えた。

「今日は大量だぁ」

 ねぐらに向かう坂道を上る途中、二つ目を食べようと抱えた果物からひとつ取り出し、口を大きく開けたそのとき、

――― ドスン ―――

 少年は、突如目の前に立ちはだかった誰かとぶつかった。その拍子に持っていた果物すべてが坂道を転げ落ちてゆく。

「あっ」

 少年が自分から離れてゆく果物を追いかけようとした瞬間、思いきり腕を握られ、吊るし上げられた。

「イタッ!」

「盗みはいけないなぁ」

 少年の腕を握っているのは、先日盗みに入った店の主人だった。

「放せ!」

 そうこうしている内に、先ほどの店屋の主人がやって来た。

「これはどうも。こいつ店の果物を盗りやがった泥棒で―――」

「知っています。先日私の店にも来ましたから」

「常習犯ですな」

「少し灸をすえておきましょう」

 その後少年は、いやというほど二人に殴られた。それでも謝ることはしなかった。

「これに懲りたら、二度と盗みなんてするなよ」

 そう言って、ぐったりとした少年を置き去りにしたまま二人は去っていった。

 二人が視界から消えると少年はムクッと起き上がり、辺りを見渡した。見物にきていた人々は知らん顔でそそくさと去ってゆく。

「皆、自分が可愛いのさ」

 そう呟いて坂の頂上を見た。

――― 通称カルマの坂。善には善、悪には悪を返す坂。それは表向きの言われ ―――

「この街ともおさらばかな」

 そう考えつつも、今の空腹を抑えることはできなかった。殴られたところはズキズキと痛むけれど、走れないほどではない。

「もうひと働きするか」

 人は生きるために生まれてくる。生きるために食べる。それは当たり前のこと。物心ついたときからひとり、失うものは何もない。盗みは生きるための知恵。親を知らない少年が生きてゆくことに、何の罪があるというのか。もしこの少年が罪を背負ったというのなら、こうした社会を作った大人たちの罪にはどのくらいの重さがあるのだろう。

 そして『カルマの法則』は、やがて実行に移される。「善には善を。悪には悪を」。

 少年は立ち上がった。

「ちっくしょう―――いてぇーっ」

 あちらこちらが痛む身体を引きずりながら、再び生きるために歩き始めた。

 あくる日も少年は、いつものように街へ出た。生きるために盗んだ戦勝品ともいえるパンをかじりながら、人波にまぎれのんびりと歩く。行き交う人や店並みを眺めながら、その笑顔を見てはわずかながら安らぎのようなものを感じ、自然と口元を緩ませる。自分にはないもの―――。それがそこにはあった。少年は視線をもとに戻し、緩んだ口元をぎゅっと引き締めると、いつものように路地裏へと入った。そこは陽の当たらない世界。

 目の前では、少年よりも幼い子ども三人が、ゴミ箱をあさり食べ物を探している。こちらの世界では日常茶飯事に見られる光景。彼らもまた、生きるためにそうしている。少なくとも盗人として生きていかなくていいだけ、彼らの方が賢いのかもしれない。けれど少年はその道を選ぼうとはしなかった。金持ちが贅沢に残したゴミを食べるくらいなら、そう―――、間違いなく飢え死にする道を選ぶのだろう。

 少年は静かに通り過ぎた。ここでは食べ物を待った者すべてが標的になる。自然と足早になった少年の耳に、かすかに怒鳴り声が聞こえた。

「汚い、向こうへ行け!」

 先ほどの三人が追い払われているのだろう。金持ちは、ゴミに群がる子どもですら払いのける。それに負けじと、子どもたちも叫ぶ。

「るせぇ!ケチケチすんな!」

 大人たちは、残飯ですら俺たちに分け与えようとせずゴミ箱に食わせる。俺たちの誰かがどこで飢えて動かなくなっていようが、ヤツらには関係のないこと。ただ冷たくなるのを待って、ゴミ箱に食わせるだけ。まるで生ゴミ扱いだ。

少年はそんなことを考えながら、迷路のような路地を通り抜け人けのない通りに出た。通称『カルマの坂』。誰も寄り付かぬこの坂道を上り詰めた先を見つめ、少年は軽くため息をついた。

 この先にある大きな屋敷。ここの主人はたくさんのメイドに囲まれ、何不自由のない暮らし。決してうらやましいと思っているわけではない。ただ、その屋敷の前を通るたび脳裏に浮かぶ言葉が、少年を憂鬱にさせるのだ。

どうしてこうも違うのか?

同じ時代に生まれ、

同じ地上に生きているというのに、

どうして―――?

 少年は再びため息をつき、屋敷の向こうにあるねぐら目指して『カルマの坂』を上りだした。なぜここが『カルマの坂』と呼ばれ、誰も寄り付かないのか。少年は聞いたことがある。

この屋敷には売られた少女がメイドとしてやってくる。主人はそのメイドを、奴隷か家畜のようにしか思っておらず、言うとおりに働く者には褒美として少量の食事を与え、働かない者には一切食べるものを与えないという。主人の命令をかたくなに拒んだ者は衰弱し、動けなくなると裏庭に捨てられ、やがて木の肥となる。そんなことが平気で行なわれていたが、「善には善を、悪には悪を」必ず返すという『カルマの法則』は、未だ動いていない。それが故にこの屋敷は『カルマの滞る屋敷』と呼ばれるようになり、やがてこの屋敷で動き出すであろう『カルマの法則』に恐れを抱き、人はだれも寄り付かなくなったのだ。そして、そこへ続く坂道を上ってやって来る売られてきた少女たちも、生きるためこの屋敷の中で罪を重ねる。お腹をすかせた少女たちはやがて、人ではなくなってゆくのである。

 この坂道を上る者は皆変わってゆく。やがてカルマの法則に従い皆―――。

 これがこの坂道の呼び名の由来。「馬鹿げた噂だ」少年はそう思っていた。しかしその考えは、じき覆されることとなる。

 その日少年は戦勝品を抱え、追いかけてくる大人を振り切り街を風のように駆け抜けた。そしてその勢いで『カルマの坂』を上りきると、見慣れない光景に足を止めた。屋敷の前に並ぶ行列。初めて見るものだったが、少年にはこれが何の行列なのかひと目で分かった。どこか遠くから売られてきた少女たちだった。門をくぐる少女一人ひとりを、手馴れた手つきで二人のメイドがチェックしてゆく。

 その様子を、少年はじっと静かに見つめていた。そして最後に門をくぐろうとした少女のその瞳からこぼれ落ちる涙を見て、なぜか少年の心が揺れた。それは不思議な感覚だった。

 無意識のうちに少年が門の側まで駆け寄ると、鉄格子のような門をメイドたちが閉めている途中だった。

「しっしっ。あちらへお行き」

「人を呼ぶわよ」

 冷たく少年に向けられたその声に、先を歩く少女が振り向きこちらを見た。一瞬だけ合った少女の瞳の奥に、少年は自分と同じものを感じた。

――― どうして? ―――

 その言葉が心の中で繰り返される。噂が本当なら、この少女はここで人ではなく家畜として扱われることになる。

「他に道はないのか?」

 少年は屋敷の中に消えてゆく少女の後姿に投げかけていた。

 やがて門は、錠の落ちる音と共に完全に閉ざされ、そして少年を残し誰もいなくなった。あたりは薄暗く、もうすぐ日が暮れる。少年は気になる思いを断ち切り、ねぐらへと向かった。

 夜が更けても、少年は眠れなかった。

――― 他に道はないのか? ―――

 少女の涙が脳裏に焼きついて、消えることはなかった。

 次の朝、いつもなら見向きもせず全速力で走り抜ける屋敷の前を、少年はゆっくり通りすぎようとしていた。中の様子は、鉄格子状の囲いと植え込みの木々のおかげでほとんど見えない。少年は唯一中が見える門の前で立ち止まり、中を窺った。ここから十数メートル離れている屋敷の中の様子は何も分からないが、庭全体はしっかりと見える。雑草こそは生えてはいないけれど、地面がむき出したそこは、とてもみすぼらしく見えた。少し視線を左に移すと、そこには干からびたままの噴水がまるで生気を失った番人のように佇んでいた。少年は人けのない庭に期待を裏切られたような気がした。と同時に自分のとった行動を馬鹿らしく思い、我に返ると足早に立ち去った。

 今回のメイドたちは、全員主人に気に入られたのだろうか?それともやっぱりただの噂だったのだろうか?

三日が過ぎても何の代わり映えもしない屋敷の様子に、少年は興味を示さなくなっていた。金持ちで傲慢な主人のいる屋敷。気が付けば、

――― どうして? ―――

と思うことすら辞めていた。

                つづく

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