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ヴィラⅠ

《ヴィラ》  

 私は明日解体される身のアンドロイド。名前はヴィラ。こんな切羽詰ったときに椅子に座っているのは、これが椅子型の充電器だから。
 身長一六〇センチ、体重は内緒(レディに聞かないのっ)。年齢二十八歳くらいの容姿と、この年代にしては少しいいプロポーション。
 ひとり息子の世話をするため、六年前にここの旦那様、つまり息子の父親に購入された私。性能はいいけれど、消耗の早いのが玉に瑕。およそ三年で買い替えるのが通常の時代、かなりもったほうだ。充電機能が古くなり、用のないときはこうしてここに座っている。容姿は若いのに、やることはまるで老人のようになっていた。
 これが私を買い替えることになったきっかけ。といっても、古くなったこの体から人工知能だけを取り出し、新しい身体に入れるだけ。そのとき、人口知能が暴走するのを防ぐため、貯蓄された感情というものを排除するらしい。これは、今までの経験から消費者に課せられた義務。だから本当は壊れなくても三~四年で買い替えなければいけなかった。 その義務を怠り六年も私がここにいるのは、ここの息子に母親がいなかったから。かたときも私から離れず、本当に私を母親だと思ってくれていたから。
 その息子も七歳になり、私がアンドロイドだということも理解した上で、今回の買い替えはすんなりゆくはずだった。
「ヴィラはいいよね。身体をとっかえひっかえして、いつまでも新品のままでいられるから」
 そういって私に抱きついてきたのは、息子のキム。私は椅子に腰掛けたまま、まとわりつくキムの頭をなで微笑んだ。
「新しい身体、見た?」
 キムは手に持ったチラシを、私の顔の前に近づけた。
―――もう何度も見た―――
 そう言おうとして言葉を呑み込み、代わりに、
「身体が変わっても、こうやって私に抱きついてくれる?」
 優しい口調で尋ねると
「あたりまえさっ」
 と、キムの軽やかな返事が返ってきた。涙が出そうになった。通常、アンドロイドは涙を流さない。けれどそれは三~四年に一度感情という情報の蓄積を消してしまうからであり、すでに六年もの間交換されなかった人工知能は、感情をただの情報の蓄積というもので片付けられなくなってしまっていた。いや、そう思いたかっただけかもしれない。物質的には人間とかけ離れていても、人間として存在していたかったから―――。
「怖いの?」
 キムが、黙り込んだ私を心配して、声をかけた。
「大丈夫だよ。僕がついてる」
 胸を叩いて私を勇気付けようとしてくれていた。
「優しいのね」
 私は、泣きたい気持ちを抑え、そう微笑み返した。
 こうしている間にも解体の時は刻々と迫ってくる。私が私でなくなってしまう。人工知能の中に蓄積された六年もの思い出がただの情報の塊として消去され、そして何も感じないただの代理アンドロイドに―――。明日になれば私は、この体と共に消えてしまうのだ。そうなるくらいなら、いっそこのまま消えてしまいたい。そう思いながら目的もなく部屋中を見回していた視線が、いつの間にか棚に置かれたボトルシップを見つめ止まっていることに気がついた。

 あれは昨年、キムと二人で作ったボトルシップ。もともとジグソーパズルの好きなキムが見つけてきた、立体パズルとも言えるボトルシップキット。
「こんな船に乗って旅ができたらいいな」
 キムは少しずつできあがってくるビンの中の帆船に自分の夢をのせて、世界中を航海しているようだったが、私には理解することはできなかった。
「ヴィラは、海って知ってる?」
 黙々とビンの中に帆船を組み立てている私に、興味深げにキムが尋ねた。
「もちろん」
 データとしての海は、面積から塩分の濃度に至るまで全て知っている。
「行ったことある?」
「いいえ。溺れたら大変ですから」
 海の怖さも知っている。けれどそれだけ。
 作り始めてから一カ月。ようやく最後の部品をつけ終え、完成した。あとは栓を閉めるだけ。私がコルク栓をビンの口に近づけた時、キムがそれを止めた。
「閉じちゃダメ!出られなくなっちゃう」
「?」
「船はね、海を泳ぐんだ。こんな狭いところにいるのは本当はイヤなんだ。だから閉めちゃダメ」
 あまりに真剣に言うので栓をするのをやめたが、キムの言っていることが理解できたわけではなかった。

 そんなことを不意に思い出し、私は引き寄せられるようにボトルシップに近付いていた。「海―――」
―――この船でさえ海に出たいと思っているの?―――
 解体を明日に控え最後に海が見たくなった私は、衝動的にボトルシップを持ち出し、キムには何も告げず外へ出た。
―――これが古くなったアンドロイドの暴走なのだろうか?―――
 そんなことを思いながら、列車で数時間も離れたヨットハーバーへ向かっていた。電力をできるだけ抑えるよう、オートセーブしながら―――
 私は目の前に広がる光景に、少しの時間心を奪われていた。
「これが、海?」
 独特の香り、途切れることのない波の音。空と繋がる水平線。ポッカリと浮いているようにも見える遠くの船。今まで味わったことのない不思議な感覚だった。 私は吸引き込まれるように、防波堤の端まで歩いていた。全身の力がスーッと抜けた。「船は海を泳ぐんだ」キムの言葉を思い出した。
「海に帰りたい?」
 私は抱いたままのボトルシップに問いかけてみた。そして、明日になったら私から離れてしまう『私』に、同じことを問いかけた。
「私のままでいたい?」
―――船が船でありたいように、私も私でいたい―――
 目を閉じ、波の音を聞きながら、そんな想いにふけっていた。考えても仕方のないことだと分かっていたけれど、それでももうしばらく問いかけていたかった。そのとき、不意に手の力が抜けた。
「あっ!」抱えていたボトルシップが落ち、防波堤のコンクリートに叩きつけられ割れた。ビンから放り出された帆船は、バウンドしてそのまま海へ―――。キムの大切な船を守るべく咄嗟に手を伸ばしたそのとき、突然目の前が真っ赤に染まった。
「まずい、電池切れ」
 私の身体は、不安定で不恰好な体勢のまま動かなくなり、そのまま前のめりに倒れ海に落ちた。
 ザッパーン
「大変だ!人が落ちたぞ!」
 そう叫んだ誰かの声が、わずかな電力で機能する聴覚に届いた。視覚機能もかろうじて動いていた。沈む途中、水面の向こうに人だかりが見え、水圧にかき消されながらも人の声がざわざわと聞こえた。
 人の形をしていても機械でできている私の重さは、軽く百キロを超えている。それでもゆっくりと沈んでいくのはなぜだろう。そう思いながら、なりゆくままに身を任せた。水面がキラキラと光っていて綺麗だった。身体に海水が入り込むゴボゴボという音と、身体から抜け出る細かい気泡のシュワァッという音が混じりあい、体内に響きわたっていた。水面が遠ざかる。けれどさほど怖くはなかった。むしろ望んでいたことかもしれない。
 そしてようやく海の底に辿り着いたころ、視覚が遮断され、次いで聴覚も遮断された。思考回路だけがしばらく回っていた。
 キムは私を捜しているかしら?それとも諦めて、新しいアンドロイドを買いに行くのかしら? 海面では、ビンから開放された帆船が、波と戯れていた。
「大丈夫。また会えるわ、キム。だって、私はアンドロイドだから」
 明日になれば、姿、形は今の私と寸分も変わらないアンドロイドが家に届く。『ヴィラ』という人格を持つ人工知能はいくらでもつくれる。もう一度ヴィラが誕生する。キムは新しく訪れた『私』に飛びつき、『私』はキムの頭を優しくなでる。キムと『私』の新しい日々が始まる。今度の『私』は海に遊びにいけるかな?

 海の底、静かな世界で流れに揺られながら、私の中で同じシーンが何度も繰り返される。 
「身体が新しくなっても、同じように抱きついてくれる?」
「あたりまえさっ」 
                        終

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